AIと日本語教育がもたらす新たな職場環境の創造
近年、日本の労働市場では外国人就労者が増加しており、その中で言語の障壁が生じ、コミュニケーションのずれや生産性の低下といった深刻な問題が浮上しています。これに対抗するため、日報アプリ「KABETORI(カベトリ)」が登場しました。このアプリは、技能実習制度で求められる『技能実習日誌』を活用し、外国人と企業側との円滑なコミュニケーションを実現するために開発されました。本記事では、「KABETORI」の開発に大きく関わった余銅基(ヨ・ドンギ)氏へのインタビューを通じ、サービスの背景や設計思想、未来に向けた展望について詳しくお届けします。
KABETORIの特徴
「KABETORI」は、外国人就労者が日本で直面する言語の壁を乗り越えるための新しいアプローチを提供します。このアプリは、日々の業務情報だけでなく、コミュニケーションの課題やモチベーションに関する情報も集約し、データに基づいて改善策を提案します。その大きな特徴は、入力内容を三層にわたって保存する点です。具体的には、母語の原文、機械的な直訳、さらに日本語に整えた文を保持します。これにより、翻訳の過程で生じがちな意図の歪みを抑えることが可能となっています。
例えば、ベトナム人の管理者がネパール人のスタッフと協力する場合、それぞれが自分の母語で情報を確認できるように設定することができます。これにより、言語の違いによる孤立を防ぎ、よりよいコミュニケーションを促進する設計思想が貫かれています。また、保存されたログは改ざん不可能であり、振り返りや問題の検証にも役立ちます。
コミュニケーションの摩擦を減少させる
「KABETORI」の真髄は、単なる翻訳ツールではなく、働く環境のコミュニケーション基盤を形成することにあります。例えば、ベトナム人スタッフが作業手順に関して理解不足が原因でミスを犯している場合、問題の根本にある要因を把握するためには、単なる翻訳以上の仕組みが必要です。
KABETORIでは、母語で情報を入力するとAIが自動的に日本語の日報形式にリライトします。これにより、原文・直訳・リライト文という三層データが同時に保存され、意思疎通の円滑化が実現されます。ここで重要なのは、翻訳がゴールではなく、課題の発見と記録の一環として機能する点です。例えば、単なる指示の翻訳だけでなく、「何が伝わらなかったのか」を可視化し、根本的な問題を明らかにします。
データの力で課題を可視化
「KABETORI」に蓄積されたデータは、週次・月次のダッシュボードを通じて可視化されます。ユーザーの母語に基づくストレスやネガティブな感情、曖昧な理解の兆候などがAIによって解析され、コミュニケーションのボトルネックを特定するための資源となります。このようにして、日本語教育研究者である余氏の視点が強く反映された「KABETORI」は、母語の表現を分析し、個々の課題を明らかにすることができます。
AIが職場文化を考慮する
「KABETORI」のAIは、従来の機械翻訳が持つ単語の置き換えに留まらず、文脈や職場文化に基づいたリライトを重視しています。小学校での子どもたちが日記を書く際に見せる「言いたいことはあるが、うまく表現できない」といった現象を、「KABETORI」は補完する役割を果たします。これは、外国人就労者が持つ真の感情や考えを、より的確に表現することを可能にします。
データ基盤がもたらす未来
さらに、「KABETORI」で生成された日報データは、スキルマップサービス「MICHISUJI(道筋)」へリアルタイムで連携されます。これにより、データの二重入力を防ぎ、業務の効率化を図ります。余氏はこの基盤を活かし、今後は自動生成されるビジネス日本語教材の構想も進めています。具体的には、日報に表れた表現を抽出し、次に使うべきフレーズを提示する学習サイクルの実現を目指しています。
日本語教育への情熱
余氏自身が韓国出身であり、日本語に魅了された経緯や教育への情熱が、KABETORI開発の原動力となっています。日本語教育を通じて社会的な課題に取り組む姿勢は、彼のキャリアの中核を成しています。
KABETORIというプロダクトを通じて、多文化共生の現場にも波及効果が期待できます。工場や建設現場のみならず、保育園や学校の交流、地域の相談窓口など、さまざまな場面での活用ポテンシャルを秘めています。最終的には、外国人就労者が職場に定着し、日本でのキャリアを積んでいくことを目指しています。余氏は「KABETORIは翻訳アプリではない。多文化チームを育成するコミュニケーションプラットフォームである」と言います。母語と日本語が活きる場を提供し、現場の課題を拾い上げることこそが、次世代の定着支援モデルにほかなりません。