飲み口から楽しむ、杜氏自作の木桶で醸造された日本酒
広島県東広島市に位置する賀茂鶴酒造は、杜氏の中須賀氏が自ら組み立てた木桶を使って、本格的な日本酒醸造に挑戦しています。この挑戦は、酒造りにおける木製道具の重要性が再評価されている現代において、特に際立っています。
酒造りの歴史と木桶の役割
日本酒の醸造プロセスにおいて、木桶は長い間重要な役割を果たしてきました。木製の桶や甑(こしき)は、その優れた保温性と調湿性により、酒造りの現場で広く使用されてきました。しかし、戦後は扱いやすさからステンレスやホーロー製のタンクが主流となり、木桶に関わる技術が失われつつありました。特に大規模な木桶を制作できる桶屋が激減し、受注も難しい状況です。
賀茂鶴酒造では、長年この伝統を大切にしてきましたが、藤井製桶所からの木桶供給が困難になる中、杜氏を中心とした若手社員が集まり、自ら木桶の補修と製作に乗り出します。これが木桶プロジェクトの始まりとなりました。
木桶制作と技術習得
このプロジェクトは2018年にスタートし、まずは社内での木製桶の補修を行うことから始まりました。藤井製桶所の技術指導を受けながら、実際に木材を削ったり、竹で箍(たが)を編む作業を通じて、手作りの楽しさと嚴しさを学びました。その結果、待望の第一号の木桶が完成し、ついにはこの木桶を使用した醸造へと進むことができました。
生もと造りによる独特の風味
賀茂鶴酒造の木桶で作られる日本酒は、「生もと造り」という特別な製法を用いています。この製法では、酵母や乳酸菌を無添加で、米と水、そして蔵内に生息する微生物たちの力を最大限に活かすことで、独自の旨味が引き出されます。生もと造りの大きな特徴は、発酵過程で自然に生じる微細な泡の変化です。発酵は約50日間に及び、その過程ではパン生地のように膨らみ、最終的に「青冴え」と称される美しい色合いと香りを持つ日本酒が完成します。
完成と今後の展望
現在、木桶で仕込んだこの日本酒は「ver.1.0」としてオンラインストアで販売されています。この製品は、創業から続く伝統と、現代の技術革新が融合した結果生まれた特別な一品です。杜氏自らが手掛けたこの酒は、独特の力強さを持ち、丁寧に熟成させることでさらに深みを持った風味を楽しめることでしょう。
今後賀茂鶴酒造は、この木桶を活用し、さらなる進化に向けた挑戦を続けていくという意気込みを見せています。また、長期熟成された日本酒は、その品質を保ちながら個々のご家庭でも楽しめるため、自宅での熟成を試みるのも一つの楽しみ方です。日本酒の新たな可能性を秘めたこの挑戦に、多くの人が注目しています。ぜひ、木桶生もとが織りなす新しい味わいを一度お試しください。
このような日本酒作りの営みは、ただの飲み物を越え、文化や歴史を感じる貴重な体験を提供してくれます。あなたもこの新たな朝の一杯を味わい、杜氏の思いを感じてみませんか?