15年目の思索
2026-03-13 12:58:29

東日本大震災15年目の思索と希望の歩みを追って

震災後15年の歩み



2026年3月11日、私たちは東日本大震災から15年という節目を迎えました。2011年のあの日、私たちは想像を超える運命に直面しました。地震、津波、そして原発事故。この災害によって多くの命が失われ、その悲しみは今もなお続いています。

私たちのアジア学院も、この大震災から影響を受けました。幸運にも命を落とすことはありませんでしたが、私たちは物理的な被害以上の大きな試練に直面しました。それは目に見えない放射能と向き合うことでした。原発事故によって放出された放射能は、目に見えず、心に不安をもたらしました。

「過剰反応」と「鈍感反応」の間で揺れる社会。どの行動が正しいのか、私たちは何を信じてよいか分からない状態に立たされていました。しかし、私たちはその状況を受け入れ、立ち止まることなく行動を開始しました。最初に行ったのは、見えない放射能を可視化すること。自ら測定器を使い、周囲の放射線量を測定しました。通学路や食べ物、子供たちの環境を調査することで、恐れすぎず、また無関心にもならないよう努めました。

このプロセスを経て、私たちは自らの基準を設定し、安心して生活できる環境を構築することを決意しました。復興とは、単に物理的な状態に戻ることではなく、私たち自身の生き方を選び直すことだと気づかされました。

震災によって私たちは何を学んだのでしょうか。土、水、そして空気の価値を再認識しました。放射能汚染を経験することで、それらがどれほど貴重で脆いものであるかを実感できました。人間が築いた文明は自然の前で非常に脆いことも理解しました。消えてしまうこともある自然の恩恵を、私たちは深く思い知りました。

この15年間で、私たちは新たな生活様式、すなわち里山の暮らしを見出しました。自己の食べ物を生産し、自然との共生を図ることが真の平和につながると信じています。自然を搾取するのではなく、循環の中で生きることが、これからの未来と希望を育む方法なのです。

未だ現実は厳しいものがあります。アジア学院の森には、放射性廃棄物が保管されており、その影響で私たちは以前のようには食べ物を享受できません。この現実は、原発事故がもたらした教訓を忘れることができません。原発が温室効果ガス削減の名のもとに再稼働される中、私たちはあらためて問い続ける必要があります。「自然を壊さずに食べ続けることはできないのか?」

私たちは、悲しみを乗り越えるのではなく、悲しみを大切にすることで、人や世界との深いつながりを築くことができます。加藤登紀子さんの言葉を借りれば、「悲しみはなくしたいものではなく、むしろとても大切なもの」。この感情を持ちながら生きることが、私たちの希望の源なのです。

最後に、私たちの祈りを忘れずに、自然の中で生かされていることを再認識し、土、水、空気の恵みを大切にする力を持ち続けたいと思います。未来の世代に希望と平和を残すために、今後も努力を続けていきましょう。


画像1

画像2

会社情報

会社名
学校法人アジア学院
住所
栃木県那須塩原市槻沢442-1
電話番号
0287-36-3111

トピックス(地域情報)

【記事の利用について】

タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。

【リンクついて】

リンクフリーです。