手がける新作オペラ『ナターシャ』に迫る
新国立劇場で行われたトークイベント「新作オペラ『ナターシャ』創作の現場から」は、多和田葉子さんが台本を手がけ、細川俊夫さんの音楽とともに新たな挑戦がなされるオペラについて語られる貴重な機会となった。司会は松永美穂さんが務め、多和田さんとの長い親交があることから、言葉を交わす間も温かい雰囲気で進行された。
トークの冒頭では、多和田さんが高校時代に初めて戯曲を書いたエピソードから始まり、言葉が詩的であったことが強調された。彼女は、執筆する際に詩的表現を取り入れることが多く、近年の作品『地球に散りばめられて』や『星に仄めかされて』でも多様な語り手を持つことが特徴であると振り返った。
日本での彼女の戯曲は、ドイツでも多くの人に受け入れられ、言語の壁を越えて上演された経験がある。多和田さんの作品は日本語とドイツ語を交え、日本国内外で新たな文化交流の形を生み出している。松永さんもその点を指摘し、彼女の戯曲が日本の演出家や俳優に影響を与えていることを紹介した。特に関心が集まるのは、多和田さんの音楽家である細川俊夫さんとの関係で、彼とのコラボレーションが生まれた背景についても語られた。
オペラ『ナターシャ』誕生の背景
新作オペラ『ナターシャ』は、過酷な状況にある移民の女性と日本からの男性の物語である。多和田さんによると、ナターシャはウクライナからの移民を想定しているが、タイトルの決定過程においては、その過去が前面に出ることなく、寧ろ一人の女性の名によって情念が表現されるということに重きを置いたという。
オペラのテーマは、自然災害と対峙する人物たちの音楽的表現だけでなく、言語の壁をも意識した作品である。多和田さんはウクライナ語、ドイツ語、日本語など多様な言語を盛り込み、観客に新たな体験を提供しようとしている。このオペラは、彼女が自身の小説『飛魂』に込めた思いを引き継いでおり、その中の情感を音楽と文学の融合として表現することを目指しているとも語った。
松永さんは、オペラが多言語であることに注目し、「意味が通じない中で、互いの感情を歌い合う」構造になることを期待していることを明言した。それに沿って、多和田さんは、オペラの言葉が如何に異なる文化の交差点に形成されていくかについての持論を展開した。
現代社会へのメッセージ
今回のオペラ『ナターシャ』は、ただの音楽作品に留まるものではなく、私たちが直面している現代社会の様々な問題――環境問題や移民の現実など――を題材にしている。多和田さんは、地獄巡りのシーンを用いて、環境の崩壊を描写し、現代における人々の欲望についても考察する。このようなアプローチによって、オペラは聴衆に深いメッセージを届ける試みになっている。
トークは盛況のうちに終了し、最後には細川俊夫さんが特別登壇。楽曲に関するさらなる深い洞察があり、オペラの制作過程について実に興味深い視点が提供された。総じて、このトークイベントは新作オペラ『ナターシャ』の創作の過程を知り、今後の作品がどのように舞台上で具現化されるのかへの期待を膨らませるものであった。
イベントの様子は全編YouTubeにて期間限定で視聴可能であり、気になる方はぜひチェックしていただきたい。新作オペラ『ナターシャ』は、8月11日に新国立劇場での世界初演を控えており、多くの人々がその幕が開くのを心待ちにしている。