音楽でつなぐ、平和の記憶
1945年8月9日、長崎の街は原子爆弾によって甚大な被害を受けましたが、その中で生き残った木々が存在します。これらは被爆樹木と呼ばれ、彼ら自身が語らずとも、幹の傷や年輪に過去の記憶を宿しています。現在、長崎市内には約50本の被爆樹木が保存されており、それぞれが生きた証言を持っています。特に、山王神社に立つ被爆クスノキは推定樹齢500〜600年で、今回のプロジェクト『ヘイワノタクト』ではこの樹木の剪定された枝木が使用されています。
九州産業大学の新たな挑戦
2025年に被爆80年を迎えるにあたり、九州産業大学の芸術学部ソーシャルデザイン学科の伊藤敬生教授の研究室が中心となり、長崎原爆資料館と山王神社の三者で新たなプロジェクト「PIECE of PEACE(ヘイワノカケラ)」をスタートさせました。この取り組みでは、被爆樹木の剪定材や落ち葉を利用し、五感を通じて平和を体感する商品が開発されています。これまでに、被爆クスノキを原料としたお香やうちわ、画材などが制作され、平和を感じる新しい方法を模索しています。
ベネックス長崎ブリックホールの役割
長崎ブリックホールは、平和公園の近くに位置し、かつての軍需工場の跡地に建てられました。そのため、長崎への原爆投下の一因ともされています。このホールでは、被爆81年目となる2026年に向けて、音楽と平和の架け橋となる場を提供する取り組みが進められています。音楽を通じて自らの記憶を振り返る機会を創出することで、未来の平和の継承を目指しています。
繋がった「縁」の力
『ヘイワノタクト』の指揮棒を制作したのは、福岡市にある弦楽器工房の松本大輔氏です。彼は九州全域から弦楽器の調整や修理の依頼を受けている職人で、被爆の経験は直接ありませんが、その家族が長崎と広島で被爆したという背景を持っています。このような縁が繋がり、被爆樹木を使用した指揮棒が誕生しました。この指揮棒は、ただの道具ではなく、被爆の歴史を未来へ繋ぐ重要なメッセージを内包しています。
平和の音楽を未来へ
指揮棒自体は音を出すことはありませんが、指揮者の意志や感情を楽団に伝える重要な役割を果たします。この『ヘイワノタクト』が振られるたびに、被爆の記憶や命の重さ、平和への願いが音楽として広がっていくことを目指しています。
デビュー公演とその意義
また、2026年にはハーバード・ラドクリフ管弦楽団が日本公演を行う予定です。彼らの「Music as Peace」というテーマの下で、『ヘイワノタクト』が作品として披露されます。長崎公演では、これまでのプロダクトの展示や販売が行われ、その収益は被爆樹木の保存に役立てられます。
ロゴマークの制作
さらに、新たにデザインされたロゴマークも注目の一つです。九州産業大学の加藤夢菜さんが制作したこのロゴは、被爆81年目を迎えた平和の象徴としての意味を持ち、指揮棒と被爆クスノキのデザインが表現されています。今後、『ヘイワノタクト』は長崎ブリックホールで展示され、平和を語るアイコンとなるでしょう。
今回のプロジェクトは、音楽を通じて平和の思いを届ける新たな試みとして、多くの人々に感動を与えることでしょう。平和の記憶を振るいながら、未来への希望を繋げていくことができる、その実現に向けて、一歩を踏み出しています。