「危機の30年」を生き抜いた男の言葉 - 元外相・高村正彦氏のオーラルヒストリー『冷戦後の日本外交』
「外交の失敗は一国を滅ぼす」。この信念を胸に、1980年の初当選から政界に身を投じ、日本の外交をリードしてきた高村正彦氏。その波乱に満ちた30年間の軌跡をまとめたオーラルヒストリー『冷戦後の日本外交』(新潮選書)が、ついに刊行されました。
本書では、高村氏が4人の専門家との対談形式で、自身の言葉で冷戦後の日本外交を振り返ります。日米同盟、日中関係、平和安全法制、自衛隊の海外派遣など、現代の日本にとって重要な外交課題の裏側が明かされ、当時の政治状況や国際情勢が克明に描かれています。
特に印象的なのは、高村氏の類まれなバランス感覚です。第2次安倍政権下で成立した平和安全法制では、理論的主柱として公明党との協議を担いつつ、中国との関係が悪化しないよう慎重に配慮していました。また、小渕政権時代には、周辺事態法を成立させ、日米同盟強化に尽力しましたが、一方で外務政務次官時代には、アメリカから断罪された国々との関係修復にも力を注いでいました。
ロシア、中国、北朝鮮、イランなどとの関係悪化が進む現代から振り返ると、高村氏の外交姿勢は「甘すぎる」と感じる人もいるかもしれません。しかし、外政家の役割は外交だけではありません。国民世論の中には「日本はアメリカにべったりだ!」と反米的な感情を抱く層も存在し、外政家はそうした世論も考慮する必要があるのです。高村氏は、世論の動向を的確に読み取り、巧みなバランス感覚で外交を進めてきました。
「いくら筋論として正しいことでも実現の可能性がないことは政治的には無意味」という高村氏のスタンスは、本書全体を通じて貫かれています。例えば、保守派に多い「憲法9条2項は廃止すべきだ」という主張に対して、高村氏は「現実的に日本の平和と安全を保障するための政策を考え、制約のある中で受け入れ可能なロジックを考え出せばいい」と提言しています。そうして、周辺事態法や平和安全法制を成立させ、日中関係の維持、日米同盟の強化を図ってきました。
2003年のイラク戦争では、「アメリカ支持」以外の選択肢がない日本が「受け入れられるロジック」を考え、国会でイラク戦争支持の演説を行いました。これは、当時の政権を担っていた保守派の政治家にとって必要な知恵だったと言えます。
本書は、高村氏と長年寄り添ってきた4人の専門家によって構成されています。兼原信克氏(元国家安全保障局次長)、細谷雄一氏(慶應義塾大学教授)、川島真氏(東京大学教授)、竹中治堅氏(政策研究大学院大学教授)は、それぞれの専門分野から鋭い質問を投げかけ、高村氏の知られざる一面を引き出しています。
本書を通して、現代の外交問題について深く考えさせられるとともに、政治家の言葉の裏側に隠された複雑な事情を知ることができます。歴史の証言者である高村氏の言葉は、私たちに多くの教訓を与えてくれます。