研究背景と目的
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のゲノムは一本鎖のRNAであり、RNAウイルスの特性を有しています。このゲノムは、ウイルスの複製において変異が頻繁に発生するため、ワクチンや抗ウイルス薬の 개발に困難をもたらしています。特に、ウイルス感染によって宿主細胞内の活性酸素種(ROS)が増加し、RNAに酸化損傷を及ぼすことが知られていますが、これがRNAの変異にどのように寄与するかは未解明の部分が多く残されていました。本研究は、千葉大学大学院理学研究院の佐々彰准教授と赤川真崇氏、さらに神戸大学の菅澤薫教授との共同研究によって進められました。
研究成果の概要
本研究では、ROSによるRNA損傷、特にグアノシン(G)の酸化によって生じる8-オキソグアノシン(8-oxoG)がウイルスRNAの複製に与える影響を詳細に調べました。これは世界で初めて、SARS-CoV-2のRNA複製における酸化ストレスのメカニズムを解明したものです。具体的には、RNA依存RNAポリメラーゼ(RdRp)がRNA合成の過程でどのように8-oxoGの影響を受け、変異が生じるのかを実験的に示しました。
実験の結果、RdRpが8-oxoGを利用しようとすると、RNA合成が停止することが分かりました。しかし、一部のRdRpは8-oxoGを乗り越えてRNA合成を続行することができました。その際、誤ってシトシン(C)の代わりにアデニン(A)を取り込む頻度が高く、これが最終的にGからUへの変異を引き起こすことが明らかになりました。これによって、生じる変異がSARS-CoV-2の進化にどのように寄与するか理解が深まります。
今後の展望
本研究結果は、RNAウイルスの変異予測や新たな抗ウイルス治療法の開発に貢献すると期待されています。特に、RNAの酸化を調整する低分子化合物の開発が、ウイルスのゲノム複製に与える影響を検討する新たな方法として注目されています。一方、ROSの増加がウイルスの増殖を促進するとの報告もあり、ROSの影響を評価する必要があります。今後の研究を通じてウイルスのゲノム損傷応答のメカニズムを解明し、効果的な抗ウイルス戦略が確立されることが期待されます。
用語解説
- - 活性酸素種(ROS): 酸素分子が部分的に還元されて生じる反応性の高い分子。
- - RNA: DNAと同様に遺伝情報を伝達する分子で、新型コロナウイルスの遺伝情報を含んでいます。
- - RNA依存RNAポリメラーゼ(RdRp): RNAを鋳型にしてRNAを合成するウイルス特有の酵素です。
研究プロジェクトと論文情報
この研究は、複数の支援を受けて行われました。研究成果は「Journal of Biological Chemistry」にて発表され、タイトルは『Impact of an oxidative RNA lesion on in vitro replication catalyzed by SARS-CoV-2 RNA-dependent RNA polymerase』です。著者には千葉大学や神戸大学の研究者が名を連ねており、新しい知見がウイルス学の分野において重要なステップとなるでしょう。