銀ビルの生き残り
2026-04-17 08:49:50

姫路のグローバルブランド「銀ビル」が生き残った理由とは?

姫路の「銀ビルストアー」が生き残った理由



兵庫県姫路市で1970年に創業し、業界の逆境を乗り越えて時代に彩りを加えてきた「銀ビルストアー」。2026年5月15日に創業70周年を迎えるにあたり、どのようにして数々の危機を乗り越え、地元で堅実な存在を築くことができたのかに迫ります。

逆境に立ち向かうDNA



1965年、銀ビルにとって最初の試練となった本店全焼という厳しい状況が訪れました。地域社会や周辺の商店主たちの支援により、わずか3ヶ月で仮設店舗が再開されました。この時、地域住民は「銀ビルがなくなると街が活気を失う」ことを痛感し、非常に深い信頼関係が築かれました。このような結束はその後の店舗展開でも優れた基盤を形成しました。

そして30年後の1995年には阪神・淡路大震災が襲い、多くの混乱の中で若き店長代理は、地域住民からの「分けてほしい」という声に応え、翌日には店を開ける決断を下します。この瞬間、「自分たちの仕事は地域の命を支えるインフラなのだ」との思いが強まりました。

独自の店舗戦略



「銀ビルストアー」が今なお独立の道を歩み続けられる理由の一つは、徹底して「大手と同じ土俵で戦わない」戦略にあります。2代目社長の大塚茂木は地政学の知識を生かし、未来のモータリゼーションを視野に入れた立地戦略「山手作戦」を展開しました。これは、主要幹線道路やインターチェンジ周辺を選定し、効率的な物流網を構築するものです。

店内調理のこだわり



3代目の大塚英木は、前世代の酸っぱい経験を活かしつつ、 店内での調理(インストア加工)を貫きました。大手が効率化を追求する中、銀ビルは「非効率でも鮮度と美味しさを求める」という方針を貫き、肉の分野で高いブランド価値を築き上げました。

新ブランド「ボンマルシェ」の誕生



また、大塚英木はパリの市場文化にインスパイアされ、「ボンマルシェ」というブランドを生み出しました。このブランドは、日常の買い物にも豊かさを与える品質を追求し続けています。さらに、不採算店舗に迅速に至難の選択を行う一方で、若手社員には強い権限を与えてさらなる成長を促しています。

人との関係が生き残る力



最新の取り組みとしては、「30店舗・300億円」のビジョンを掲げ、デジタル化を進めています。地域社会への貢献を続ける中で、移動スーパーや即日配送のサブスク型ネットスーパーも展開しており、若者からの要望にも応えています。

このような歴史を持つ「銀ビルストアー」は、地域にとっての生活インフラとしての役割を果たすことを誇りに思い、次の100年を見据え、挑戦を続けています。地域客が安心できる生活を提供し続けるため、彼らは「人で負けたら終わり」という信念を忘れることはありません。

結論に向けて



「銀ビルストアー」がこの70年間、栄えてこられた理由は地域に寄り添った誠実な姿勢と健全な経営方針にあるのです。地元愛に溢れた企業として、今後も地域社会に根差した存在であり続けることが期待されています。


画像1

画像2

画像3

画像4

画像5

会社情報

会社名
株式会社銀ビルストアー
住所
兵庫県姫路市南町31番地
電話番号

トピックス(地域情報)

【記事の利用について】

タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。

【リンクついて】

リンクフリーです。