背景
金属合金の化学的および物理的特性は、その結晶構造に大きく依存しています。このため、多数の金属元素から新しい物質特性や高機能材料を発見するためには、未踏構造の安定化が重要視されています。これまで多くの準安定相が報告される一方で、未踏構造の探索はあまり進んでいませんでした。そのため、私たちの研究グループは最近合成に成功した独自のZ3型合金構造の形成メカニズムを解明し、新たな構造探索の手掛かりを提供することを目指しました。
研究手法と成果
研究では、ナノ構造の異なる2種類のナノ粒子、すなわちFePd3合金へのInの拡散とPdInx合金へのFeの拡散を対象にしました。これらのナノ粒子に還元熱処理を施した結果、PdInx:Feナノ粒子からは773 KにおいてL10-FePd/Z3-Fe(Pd, In)3/bct-Pd3Inの相分離構造を経由し873 KでZ3相が形成されました。一方で、FePd3:Inナノ粒子では873 KでL12-(Fe, In)Pd3相が形成されることが確認され、2つのナノ粒子における拡散過程には明確な温度差があることが分かりました。
この温度差が生じる要因を解明するため、原子レベルでのEDX元素マッピングを用いて各ナノ粒子の中間構造を調査しました。その結果、FePd3:Inナノ粒子ではInがFeの最隣接サイトに部分的に分布していることが確認されましたが、PdInx:Feナノ粒子からはFeとInが隣接していないことが示されました。
さらなる分析では、873 Kにおける熱処理によりZ3相の増加が確認される一方で、FeとInの隣接は観察されず、これはPdInx:Feナノ粒子からの低エネルギー障壁でZ3相が形成できることを示唆しています。これにより、Z3相形成熱エネルギー差の発生はFeとInの隣接の有無に起因していることが示されました。
波及効果と今後の展望
金属合金の物理的・化学的特性を改善するための未踏合金の形成は、依然として難しい挑戦を伴います。本研究の成果は、非相溶な元素ペアを含む合金ナノ粒子の合成を通じて、未踏合金相の探索可能性を示しました。今後はこの知見を基に、さまざまな未踏合金相の形成に挑戦し、「元素間相溶性を駆動力とした未踏規則合金相の安定化」の学理を確立することを目指します。
研究プロジェクトについて
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 CRESTや文部科学省の各種助成を受けて実施されました。
研究者のコメント
京都大学の松本憲志助教は、「原子がどのように拡散し未踏結晶相を形成するのかという疑問を抱き、この研究が始まりました。実験と理論の両面で困難が伴いましたが、共同研究者と共に一歩ずつ明らかにしていくプロセスが非常に充実していました。今後もこの未開発の研究領域に挑んでいきたいと考えています」とコメントしています。