hERGチャネルと薬剤の革新的な結合構造解明
千葉大学に所属する村田武士教授と斎藤哲一郎教授、そして博士後期課程の宮下靖臣氏を中心とした研究チームが、オックスフォード大学および高エネルギー加速器研究機構(KEK)との共同研究を通じて、薬剤の副作用に関わるhERGチャネルとその結合状態を解明しました。この成果は、薬剤の設計や改変において安全であることを確保するための新たなアプローチを提供し、新薬の市場投入を迅速化する可能性を秘めています。
研究の背景
製薬業界では薬剤による副作用が多大な問題となっており、その中でも特にhERGチャネルの遮断による薬剤誘発性心不整脈が新薬開発の大きな障害の一つとされています。hERGチャネルは、心臓の活動電位の再分極を医学的に制御する重要な役割を果たしており、これが阻害されると致命的な不整脈を引き起こす可能性があります。
不幸にも、過去には抗アレルギー薬であるアステミゾールが市場から撤退した事例もあります。これを受け、hERGチャネルと薬剤の結合情報を基にした新薬の設計が求められました。特に、薬剤によるhERGチャネルの結合を回避する方法を探すことが重要です。これには、hERGチャネルと薬剤の結合構造の把握が不可欠であり、同研究チームはその第一歩を踏み出しました。
研究手法と結果
本研究では、薬剤とhERGチャネルの結合構造を解明するために新しい手法を開発し、特に3種類の薬剤(アステミゾール、E-4031、ピモジド)の詳細な結合構造を明らかにしました。hERGチャネルの構造解析においては、他のタンパク質からの分離・精製や、界面活性剤による構造保護が不可欠です。
研究チームは、複数の界面活性剤を使用して、Cryo-EM(クライオ電子顕微鏡)を用いて観察を行い、以前の研究で直面した「プリファードオリエンテーション」などの問題を解決しました。また、薬剤が結合していない粒子を除去し、薬剤の結合位置に特化した詳細な解析を実施しました。
その結果、3つの薬剤は共通してhERGチャネルのイオン選択性フィルター下に結合し、カリウムイオンの移動経路を妨げていることが分かりました。さらに、hERGチャネルと薬剤の間の電荷相互作用や、特定のアミノ酸の変化による結合のメカニズムも明らかになりました。
研究成果の意義
この研究の成果は、薬剤の設計において大切な手がかりとなります。得られたhERGチャネルと薬剤の結合に関する知見は、薬剤の副作用を予測し、そのリスク軽減に向けた新たな通路を開くものです。これにより、新薬の開発プロセスの効率化とともに、より安全で安心な医療の提供が期待されます。
研究の今後
今後、本研究の成果を踏まえ、hERGチャネルへの薬剤の結合を避けるための設計法が更に進化していくことが期待されます。新たな治療薬の安全性向上は、患者にとっても重要な利益をもたらすでしょう。
本研究は、創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)や日本学術振興会(JSPS)の支援を受けて実施されました。
論文情報
本研究の詳細は、2024年9月24日に発表された「Revealing the Binding Modes of hERG Channel Inhibitors with Improved Cryo-EM Resolution」(著者: 宮下靖臣、森谷俊雄、村田武士等)に記載されています。これは米国科学誌「Structure」でオンライン掲載されています。