近年、古代の文物が新たな技術で再評価される中、特に注目を集めるのが熊本大学の名誉教授、小畑弘己氏の研究です。彼のチームは、かつて不明だった縄文時代の漁網製品を、全く新しい視点から復元することに成功しました。これは、縄文時代の文化や技術を理解する上で重要な成果と言えるでしょう。
縄文時代は約1万年前から3000年前まで存在した、日本の先史時代にあたります。この時代の人々は、自然と密接に結びつき、漁労や狩猟を行いながら生活を営みました。しかし、当時の漁網の具体的な構造は謎に包まれていました。興味深いことに、これまで現存している網製品の実物は愛媛県の船ヶ谷遺跡から発見されたものしかなく、その詳細は解明されていませんでした。
小畑教授は、土器の表面や内部に残る圧痕に着目しました。この痕跡が、かつての漁網の構造を読み解く手がかりになるという独自の発想を持っていました。彼のチームは、X線CT技術やレプリカ法を駆使し、撚糸のサイズや撚り方向、結び方、網目サイズなどを復元。特に、静内中野式土器や組織痕土器から得たデータは、これまでの研究結果を覆すものとなりました。
具体的には、静内中野式土器からは左撚りの撚糸が確認され「本目結び」が行われていることが明らかに。対して組織痕土器には右撚りの撚糸が使用され、結び方は「止め結び」であったことが示されました。驚くべきことに、組織痕土器の一部には、布を織るために使われる技術が適用されており、これらは漁網ではなく袋などの網製品であったことが判明しました。
このような発見は、縄文時代の人々が素材を再利用する行為が行われていたことを示唆しています。特に静内中野式土器では、異なるサイズの網が同一の土器の中で利用され、また、組織痕土器では破損した網が再利用されていることが考察されており、まさに当時の先進的なリサイクル社会を思い起こさせます。これこそが、歴史におけるSDGs的な観点があったことを示しているとも言えるでしょう。
ましてや、この研究は単に学術的な重要性に止まらず、実際に地域の考古学や類似の歴史的背景を持つ地域の有機物製品の復元に寄与する可能性も秘めています。X線CTという技術が、これまでの考古学の限界を打破し、未知の領域を開くかもしれません。
本研究の成果は、令和7年4月18日に英国の「Journal of Archaeological Science」でオープンアクセスとして発表されました。文部科学省や日本学術振興会の支持を受けて、他の博物館やセンターとの連携を実現し、多くの遺跡や資料の調査が行われています。今後の研究が、縄文時代という日本の古代文化の理解をより深めてくれることでしょう。これからも小畑教授の研究は、様々な分野に影響を与え続けると期待されています。