電子顕微鏡技術が明らかにした細胞膜脂質の驚くべき真実
細胞の活動に必須な脂質、ホスファチジルイノシトール4,5-二リン酸(PI4,5P2)。その細胞内での正確な分布は長年の謎でしたが、最新の電子顕微鏡技術を用いた研究によって、その全貌が明らかになりつつあります。
PI4,5P2は細胞膜のわずか1%程度しか占めていませんが、細胞外からのシグナル伝達、イオンチャネルの制御、細胞骨格との結合など、多岐にわたる重要な機能を担っています。しかし、分子量が小さく、膜内を高速で移動するPI4,5P2が、どのようにして様々な機能を制御し、機能間の競合を回避しているのかは、これまで謎に包まれていました。
その理由の一つは、PI4,5P2の微細な分布を正確に測定する技術がなかったことです。従来の顕微鏡技術では、その微小な存在量と高速な動きを捉えることが困難でした。
革新的な電子顕微鏡技術
本研究では、この問題を解決するため、独自の電子顕微鏡技術が用いられました。この技術は、まず生きた細胞を急速凍結し、細胞膜を白金とカーボンの薄膜で物理的に固定することで、脂質分子の動きを完全に停止させます。その後、タンパク質などの不要な成分を除去し、PI4,5P2に標識を付けて電子顕微鏡で観察するという手法です。
研究成果:従来技術の限界を超える精度
研究チームは、出芽酵母と神経細胞モデルであるPC12細胞を用いて実験を行いました。ATP産生阻害や栄養源枯渇といった条件下で、PI4,5P2量の変動を、質量分析法、従来の顕微鏡法、そして新たな電子顕微鏡法の3つの方法で測定しました。
その結果、従来の顕微鏡法ではPI4,5P2の検出に失敗し、その分布状況も正確に把握できませんでしたが、新たな電子顕微鏡法では、PI4,5P2の量と分布を、高精度かつ定量的に測定することに成功しました。さらに、従来の化学固定法がPI4,5P2の分布を人工的に歪めていることも判明しました。
PC12細胞の実験では、従来の顕微鏡法ではスポット状に集まっていると考えられていたPI4,5P2が、実際には均一に分布していることが分かりました。これは、神経伝達物質の放出部位に関する従来の解釈を覆す可能性のある重要な発見です。
今後の展望:疾患解明への貢献
本研究で開発された電子顕微鏡技術は、PI4,5P2の分布を正確に明らかにする画期的な手法です。今後、この技術を用いることで、PI4,5P2の機能、および様々な疾患における異常の解明が大きく進展すると期待されます。PI4,5P2の機能解明は、様々な疾患の治療法開発に繋がる可能性を秘めており、今後の研究の発展に大きな期待が寄せられています。