白血病ウイルス・HTLV-1の潜伏感染メカニズムの解明と治療への期待
近年、熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センターの研究チームが、ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)が体内でひっそりと感染を成立させる分子メカニズムを解明した。この研究成果は、日本国内での感染者が多く、その制御が緊急の課題となっているため、特に注目されている。 HTLV-1は、 CD4陽性T細胞という免疫系の中心的な細胞に感染し、持続感染を引き起こすレトロウイルスの一種である。
多くの感染者は無症状のまま過ごすが、数パーセントの感染者は「成人T細胞白血病(ATL)」という難治性の血液悪性腫瘍を発症することが知られている。ウイルスは一度体内に入ると、自然免疫による排除が非常に難しく、その理由の一つは「潜伏感染」と呼ばれる状態にある。この状態では、ウイルスは自らを隠し、免疫系からの攻撃を回避しながら長期間体内に留まる。
サイレンサー領域の発見
今回の研究では、HTLV-1のゲノム内に自らの遺伝子発現を抑制する機能を持つ「サイレンサー領域」を特定した。この領域を取り除くことで、ウイルスの活性が増加し、潜伏感染が解除されることが実証された。また、サイレンサー領域をHIV-1に移植したところ、逆にHIV-1の潜伏性がアップすることも証明された。これにより、HTLV-1の潜伏解除を視野に入れた新たな治療法が開発される可能性が示唆されている。
この研究成果は、令和7年5月13日に国際科学誌『Nature Microbiology』に掲載された。研究は、日本医療研究開発機構(AMED)や複数の大学の協力によるもので、国内外の研究者との共同作業の結果として得られた。
研究の背景
日本はHTLV-1の感染者が特に多い地域であり、国内における病気の進行や再発のメカニズムを解明することが求められています。潜伏感染の状態にあるHTLV-1は、必要最低限の遺伝子のみを発現させることで、免疫系からの監視を回避しています。研究チームは、感染患者の血液サンプルを使用し、「ATAC-Seq解析」という手法を用いて、彼らのウイルス遺伝子の状態を詳細に調べた。
重要な知見
この研究では、HTLV-1が潜伏感染するために必要な「サイレンサー領域」の働きを明らかにしました。サイレンサー領域には、あらゆる転写因子が集まり、ウイルス遺伝子発現を調節する役割を果たしています。研究チームは、サイレンサー領域に変異を加えたHTLV-1ウイルスを作成し、実験を行った結果、変異したウイルスは元のウイルスに比べて高いウイルス粒子の産生性を示し、潜伏感染が阻止されたことを発見しました。
また、HIV-1にサイレンサー領域を導入した実験では、ウイルスの増殖性が低下し細胞死誘導がブロックされることが確認され、これによりHIV-1が潜伏感染するウイルスに変化したことも示されました。
今後の展望
本研究により解明されたメカニズムは、HTLV-1感染者に対する疾患進行や再発のメカニズムの解明に貢献するとともに、サイレンサーを標的とする新たな治療法の開発への道を切り開くことが期待されています。
これからの研究が、感染症制御に向けた新たなフロンティアを切り開く鍵となるでしょう。感染者の健康管理がより良くなることを願います。